前回、「助成金の活用法」を紹介しました。助成金は、要件さえ満たせば誰でも受け取ることができるため、非常にメリットが大きい制度となります。しかし、助成金は実に多くの種類が存在するため、「一体どの助成金が有効なのか?」という疑問は多くの方がお持ちなのではないでしょうか?
今回は、建設業におすすめに助成金を紹介していきます。
目次
知っておきたい中小企業の範囲と生産性要件
おすすめの助成金を紹介する前に、「中小企業の定義」と「生産性要件」について説明します。助成金は数多くの種類がありますが、中小企業にしか支給されないものや、中小企業の方が大企業より多く支給されるものが多くなっています。
また「生産性要件」を満たすことで、助成金の受給額がアップします。この2つの定義を知っておくことで、助成金を効果的に利用することができます。
中小企業の定義
中小企業基本法第2条に、「中小企業者の範囲及び用語の定義」があり、下記の表のように定められています。
業種 | 中小企業 (下記のいずれかを満たすこと) |
小規模企業者 | |
---|---|---|---|
資本金の額又は,出資の総額 | 常時使用する,従業員の数 | 常時使用する,従業員の数 | |
①製造業、建設業、運輸業その他の業種 (②〜④を除く) |
3億円以下 | 300人以下 | 20人以下 |
②卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 | 5人以下 |
③サービス業 | 5,000万円以下 | 100人以下 | 5人以下 |
④小売業 | 5,000万円以下 | 50人以下 | 5人以下 |
<中小企業庁「FAQ中小企業の定義について」をもとに作成>
※個別の中小企業施策における基本的な政策対象を含めた「原則」であり、各法律や支援制度による「中小企業」の定義と異なることがあります。
生産性要件について
労働人口の減少が確実な日本において、一人ひとりの労働者の付加価値(生産性)を高めていくことが必要です。このため企業が生産性向上に取り組み、一定の成果をあげた場合、助成金の一部が割増されます。
生産性要件は、下記になります。
助成金の支給申請を行う直近の会計年度における「生産性」が、
- その3年度前に比べて6%以上伸びていること または、
- その3年度前に比べて1%以上(6%未満)伸びていること(※)
(※)この場合、金融機関から一定の「事業性評価」を得ていること
「厚生労働省のパンフレットより引用」
また生産性の導き方は以下になります。

こちらをもとにケース別で建設業におすすめの助成金を紹介していきます。
おすすめ助成金①〜非正規労働者がいる場合〜
非正規労働者がいる場合に、おすすめなのが「キャリアアップ助成金 正社員化コース」。有期契約労働者等(有期契約労働者、短時間労働者、派遣労働者、正社員待遇を受けていない無期雇用労働者を含む)を正規雇用労働者・多様な正社員等への転換または派遣社員を直接雇用した場合に助成されます。有期契約労働者から正規雇用、有期契約から無期契約、無期契約から正規雇用のケースによって額が異なります。
キャリアアップ助成金 | ||
---|---|---|
転換のケース | 支給額 | 生産性要件を満たした場合 |
①有期→正規 | 57万円 (42万7,500円 |
72万円 (54万円) |
②有期→無期 | 28.5万円 (21万3,750円) |
36万円 (27万円) |
③無期→正規 | 28.5万円 (21万3,750円) |
36万円 (27万円) |
<厚生労働省「キャリアアップ助成金パンフレット」をもとに作成 ※()内は中小企業以外の場合>
上記に加え、対象労働者が「母子家庭の母等または父子家庭の父の場合」は、
①9.5万円(12万円)②③4.75万円(6万円)が加算されます。
では正規雇用労働者と有期契約労働者、無期雇用労働者はどのように定められているのでしょうか?以下をご覧ください。
「キャリアアップ助成金」における用語の定義 | |
---|---|
正規雇用労働者 | 期間の定めのない労働契約を締結しており、派遣労働者として雇用されていないもの。同一の事業主に雇用される通常の労働者に適用される終業規則等に規定する賃金の算定方法および支給形態、賞与、退職金、休日、定期的な昇給や昇格の有無等の労働条件について長期雇用を前提とした待遇(以下、「正社員待遇」)が適用されている労働者であること。 |
有期契約労働者 | 期間の定めのある労働契約を締結する労働者(契約社員、嘱託社員、アルバイト |
短時間労働者 | 通常の労働者の1週間の所定労働時間と比較して短い労働者(パートタイマーなど) |
無期雇用労働者 | 期間の定めのない労働契約を締結する労働者のうち、正社員待遇ではないもの |
多様な正社員 | 勤務地限定正社員、職務限定正社員および短時間正社員のこと |
このように非正規労働者から正規労働者への転換をする、という要件の他に平成30年度より、下記の支給要件が追加されました。
【追加された受給要件】
- 転換後6カ月間の賃金を、転換前6カ月間の賃金より5%以上増額させている
- 有期契約労働者から転換する場合、雇用された期間が3年以内の者に限る
このように非正規労働者で優秀な方がいて正規雇用を検討している場合は、特にデメリットがなく、助成金を受給することができます。では、次に支給までの流れを説明します。
受給までの流れ

①キャリアアップ計画の作成・提出
まず「キャリアアップ計画書」を作成し、都道府県労働局に提出する必要があります。この計画書は、上記の図のように正規雇用する前に労働局に提出する必要がありますので、注意してください。
申請様式は下記より御覧ください。
②就業規則の整備
就業規則に正社員等の転換規定を定めておく必要があります。常時10名以上の労働者がいる場合は、必ず就業規則と賃金規定を労働者と締結し、労働基準監督署に届け出をする必要があります。労働者が10人以下の場合は、就業規則を整備する必要があり、10人以上で転換規定がない場合は、変更届が必要になります。この際、ある程度の柔軟性がある規定にした方が良いでしょう。下記は、就業規則の規定の一例になります。
第◯条(正規雇用への転換)
-
-
- 勤続◯年以上の契約社員で、本人が希望する場合は、正規雇用に転換させることがある。
-
- 転換時期は、毎年◯月◯日とする。
-
- 転換させる場合の要件及び基準は、別表◯(正規雇用への転換)に定める。
-
別表◯(正規雇用への転換)
正規雇用への転換要件・基準
-
- 資格等級◯等級以上の者
-
- 前年度の人事考課が上位◯%以上のもの
-
- 正規雇用と同様の勤務期間・日数で勤務が可能な者
-
- 所属長の推薦があり、筆記試験及び部門長の面接試験に合格した者
③正規雇用への転換→④支給申請
正規雇用へ転換後、6カ月の給与を支払った後に、受給申請が可能となります。申請期間は6カ月間の給与を支払ってから後の2カ月以内です。また申請時に、対象労働者の賃金台帳と出勤簿を添付して提出しなくてはいけません。転換前の6カ月と転換後の6カ月の計12カ月分になります。
この際に、出勤簿と賃金台帳の整合性がなくてはいけません。旧来型のタイムカードなどでは、どうしても深夜労働、休日出勤などの割増賃金の計算にズレが生じてしまいます。クラウド勤怠管理システムなどを導入すると、簡単に計算・管理ができるので便利です。
おすすめ助成金②〜従業員を育成する場合〜

従業員の育成や技能向上をする際の助成金として「人材開発支援助成金(建設労働者技能実習コース)」があります。
建設業に特化した助成金で、例えば「フォークリフト運転技能講習」「車両系建設機械」「玉掛け技能講習」や「職長・安全衛生責任者教育」といった技能講習や特別教育などを受講させた場合に、経費や賃金の一部を助成される制度になります。
●対象となる事業主
-
- ①資本金額もしくは出資総額が3億円以下、または従業員300人以下
-
- ②雇用保険料率が「建設の事業」の適用を受ける建設事業主(※平成30年度の雇用保険料率が12/1000)
-
- ③雇用管理責任者を専任していること
-
- ④雇用する建設労働者に有給で技能実習を受講させる場合(所定労働時間外や休日に受講させた場合は、労働基準法に定める割増賃金を支払う、又は振替休日を与える)
①と②の内容は、要するに中小企業の建設事業主であることです。③は、社内から専任していれば問題ありません。注目すべきは④です。受講させる際は、所定労働時間外や休日に受講させた場合は、労働基準法に定める割増賃金を支払う、又は振替休日を与える。次にどのくらいの額が支給されるのか見ていきましょう。
●受給額と事例
建設労働者技能実習コース | 経費助成 | 賃金助成 (ひとりあたりの日額) |
---|---|---|
雇用保険被保険者数 20人以下の中小建設事業主 |
支給対象経費の75%(90%) | 7,600円 (9,600円) |
雇用保険被保険者数 20人以上の中小建設事業主 |
受講者が35歳未満 | 6,650円 (8,400円) |
支給対象経費の70%(85%) | ||
受講者が35歳以上 | ||
支給対象経費の45%(60%) |
※()内は、生産性要件を満たした場合
※経費助成は、ひとつの技能実習についてひとりあたり10万円が限度
※賃金助成は、ひとつの技能実習について20日分が限度
上記の図だけではわかりにくいかと思いますので、事例をあげます。
例)
玉掛け技能講習/【期間】3日間15時間/【費用】23,000円を受講
20人以下の事業主で生産性要件を満たしている場合
①経費助成
-
- 3,000円✕90%=20,700円
②賃金助成
-
- 3日間✕9,600円=28,800円
合計
- 20,700円+28,800円=49,500円
従業員がスキルアップするうえに、事業主は予算がほとんどかからない計算になります。しかも、「キャリアアップ助成金」のように事前に計画書を提出する必要もなく、正規雇用じゃなくても問題ありません。また受講後に申請してもよいケースもあり、非常に申請しやすい助成金になっています。
ただし、有給休暇分の賃金を支払っているかどうかを確認するため、申請時に賃金台帳を提出する必要があります。
おすすめ助成金③〜高齢者を活用する場合〜
2016年度の国土交通省の統計によると、55歳以上の労働者が約33.9%、29歳以下は約11%。労働者の平均年齢は47.4歳と業界の高齢化は、以前からの大きな課題。
しかし、職人の世界では、シニアの活用に様々なメリットがあります。次世代への技術継承は熟練の技能者だからこそ可能な領域です。「65歳超雇用推進助成金」は、シニアを活用する際の助成金ですが、その中でも「高年齢者無期雇用転換コース」を紹介します。
●「高年齢者無期雇用転換コース」とは?
「高年齢者無期雇用転換コース」とは、50歳以上の有期契約労働者を無期雇用労働者に転換した場合に助成されます。受給金額は下記の表の通りです。
対象者 | 中小企業 | 大企業 |
---|---|---|
・50歳以上、定年年齢未満の有期契約労働者 ・通算雇用期間期間6ヶ月以上 |
ひとりあたり 48万円(60万円) |
ひとりあたり 38万円(48万円) |
※1年度10人まで利用可能
※()内は生産性要件を満たした場合
また申請の際は、下記の要件と受給までの流れに注意してください。
【主な受給要件】
- 就業規則に「無期雇用への転換」が定められていること
- 高年齢者雇用安定法に違反していないこと
- 転換日の2カ月以上前に「無期雇用転換計画書」を独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構に提出すること
- 5年間で5人以上の転換を見込んでいること
- 高年齢者雇用推進者を専任していること
- 高年齢者雇用管理に関する措置を実施していること(健康管理、職域の拡大、賃金体系など)
- (対象者)無期雇用転換日に64歳未満であること
- (対象者)有期契約期間が通算5年を超えていないこと

●キャリアアップ助成金との違いは?
ここまで見てくると、同じ有期契約から無期雇用に転換した際に受給される「キャリアアップ助成金」との違いや併用について疑問に思われる方もいるのではないでしょうか。
まず大きな違いは、要件に給与の増額がない点です。そのうえ50歳以上の有期雇用労働者を6カ月以上雇用すると助成金の対象となり、正社員化する必要もないため、非常に手軽に受給できるのが魅力です。
また「キャリアアップ助成金」との併用はできず、どちらか一方の受給となります。
働き方改革におすすめの助成金
これまで説明してきた助成金の他に、「働き方改革関連法」で定められている長時間労働の是正や年次有給休暇の取得推進などが要件となる助成金も存在します。
それが中小企業に向けの「時間外労働等改善助成金」になり、計5コースが用意されています。
【時間外労働等改善助成金】
その中でも建設業にもフィットしている「時間外労働上限設定コース」と「勤務感インターバル導入コース」を紹介します。
●時間外労働上限設定コース
その名の通り、時間外労働が多く発生している事業主が上限設定をした場合に受け取れる助成金です。
対象となるのは、「特別条項付きの36協定を締結しており、複数の労働者が締結した時間を超える時間外労働をした場合」です。申請時に成果目標として、「時間外労働数が月に◯時間、年間に◯時間」や「休日数」を設定し、達成することで、最大200万円までが支給されます。申請の締切は、平成30年12月3日になります。
●勤務間インターバル導入コース
勤務間インターバルとは、勤務終了後に次の始業までに一定の休息時間を設けることです。「働き方改革関連法」でも企業の努力義務として明記されています。中小企業であれば申請時の成果目標を達成することで、最大50万円が支給されます。成果目標は、「勤務間インターバルの新規導入」もしくは「適用範囲の拡大」のいずれかになります。申請の締切は、平成30年12月3日になります。
詳細に関しては、上記のURLからご確認ください。
助成金の受給は勤怠管理がカギ
助成金には大きなメリットがありますが、それぞれの受給要件の他、助成金全般に共通した要件が存在します。「過去に不正受給がない」「直近6カ月間に会社都合での解雇がない」などがありますが、詳しくは下記のリンクをご参照ください。
◎建設業が受け取れる助成金とは? 労務・勤怠管理がカギとなる?
- 雇用保険に加入している
- 労災保険に加入している
- 社会保険に加入している
- 就業規則、賃金規定がある
- 就業規則を労基署に届出をしている
などの要件がありますが、これらはそこまで高いハードルにはならないでしょう。多くの事業主が苦労するのが、「割増賃金を適正に支払っているか」「労働時間を適正に把握しているか」といった勤怠管理ではないでしょうか。労働者名簿、出勤簿、賃金台帳の整合性がないと助成金は受給できません。特に建設業は、労働者が複数現場で異なる時間で勤務するため、把握は容易ではありません。
◎より厳密さが求められる法定三帳簿(労働者名簿、賃金台帳、出勤簿)の書き方
◎割増賃金の計算方法と勤怠管理について
こちらの記事もおすすめ!建設業界の働き方を考える
◎建設業が受け取れる助成金とは? 労務・勤怠管理がカギとなる?
◎建設業は働き方改革関連法案でどう変わる!? 〜36協定と勤怠管理について〜
◎より厳密さが求められる法定三帳簿(労働者名簿、賃金台帳、出勤簿)の書き方
◎労務安全書類(グリーンファイル)の作成ガイドまとめ
◎覚えてしまえば実はカンタン!?「作業員名簿」作成ガイド
◎一次下請負業者が作ればOK!すぐわかる「下請負業者編成表」の書き方
◎重機を安全に使用するために必要不可欠!「持込機械等〔移動式クレーン/車両建設機械等〕使用届」作成ガイド
◎初めてでも安心!簡単!「火気使用願」の作成ガイド
◎工事現場の安全に欠かせない「安全衛生計画書」記載のポイント
最新情報をお届けします
Twitter でケンセツプラスをフォローしよう!
Follow @kensetsu_plus