建設業界の働き方改革 の成功事例〜原田左官工業の女性活躍と人材育成〜

若年層の流入・定着率の低下、技能者の高齢化など人手不足が叫ばれて久しい建設業界。多くの企業、特に中小企業が苦心されていると思います。東京都文京区千駄木にある有限会社 原田左官工業所は、そんな建設業界において、独自の人材育成プランや女性職人が活躍するダイバーシティ経営を展開し、実績をおさめています。

中小企業庁が運営する「中小企業・小規模事業者のための人手不足対応100事例」に掲載され、「ものづくり・匠の技の祭典2017」では同社所属の女性職人が「匠なでしこ」に表彰された他、多くのメディアがその取り組みが取り上げるなど、建設業界を越えて様々な業界から注目を集めています。

今回は、同社の代表取締役である原田宗亮(はらだ むねあき)さんに、人手不足、女性活躍の観点から建設業界の働き方改革についてお聞きしました。

安心して仕事ができる”職人=正社員”の方程式

左官の働き方改革

原田宗亮さんは、昭和24年(1949年)の祖父の代に創業した有限会社 原田左官工業所の三代目社長です。同社に所属している職人はすべて正社員。女性職人が多数活躍し、ママさん職人もいます。さらに若手職人の育成にモデリングと呼ばれる動画を使ったプログラムを導入するなど革新的な取り組みで実績を残し、建設業界のみならず全産業から働き方改革の成功事例として注目されています。
このような取り組みが始めたきっかけに、祖父の怪我があったと原田社長は言います。

–現在、同社に所属している職人さんはほとんど正社員です。30年前から職人さんの正社員化を行っていたのは、左官業界では異例だったのではないでしょうか。

原田社長「当時は、”職人=社員”という概念がそもそもない時代でしたので、周りからは『バカなんじゃないか』と思われていましたね。職人さんの正社員化をすすめたのは、父でした。創業者の祖父が、50歳を超えて肺を悪くしてしまって、現場に出れなくなったのです。その姿を見ていた父が、現場で活躍していた職人が病気や怪我で働けなくなると、なんの保証もない、という現実を変えたいと考えたのです」

–技術さえあれば仕事に困らない反面、保証も一切ない。

原田社長「現在の職人さんに高齢者が多いのも、辞めた途端に収入がなくなるので、なかなか引退できないというのが原因のひとつではないでしょうか。いまだに左官業では、仕事を受注した段階で、独立している職人さんに仕事を依頼するのが主流です。それは社員がいないと固定費がかからない、社会保険の費用を負担しなくていい、仕事ないときの給料を保証する必要がないなどが理由です」

–しかし、それですと若者が業界に魅力を感じなくなってしまいますね。

原田社長「その通りです。当社が正社員として雇用することによって、職人の生活を守り、仕事を途切れさせないように会社全体で努力をしています。若い人が安心して働ける環境は、非常に重要です」

女性ならではの視点で左官業に新しい風を吹かせる

女性左官職人が活躍する原田左官

–原田左官工業所は、女性職人が活躍されているのも大きな特徴です。女性職人が生まれたきっかけはなんだったのでしょうか?

原田社長「昭和62年(1987年)に最初の女性職人が生まれました。まだまだ建設現場に女性がいることが非常に珍しかった時代です。もともとは事務スタッフとして採用したのですが、『私も職人の仕事をやりたい』と言われたのがきっかけです。ちょうどバブルで男女雇用機会均等法も施行された時期でしたので、軽い気持ちで『やってみるか』という流れでしたね」

–男性社会のなかに飛び込むには様々な苦労があったのではないでしょうか?

原田社長「ちょっとした失敗があると『女性だから』と言われてしまうんですよね。だから、当時の女性職人は無理し過ぎるくらいがんばっていた印象です。また現場でも女性もいるという発想自体がないものですから、女性用トイレがない。そういった設備・環境面を筆頭に苦労の連続だったと思います」

–逆にメリットはいかがでしたか?

原田社長「左官業を大枠で捉えると、力仕事であったり、汚れる仕事などのイメージが強いと思います。しかし、細分化していくと繊細さや粘り強さが必要な仕事など、女性的な視点や表現が必要な部分が多く存在します。その代表例として、見本・サンプル作りがあるのですが、彼女は漆喰に口紅を砕いて混ぜたり、アイシャドウで模様を描くといったアイデアを生み出しました。これまでになかった斬新な手法で、お客様にご高評をいただきました」

SAKAN LIBRARY<原田左官工業所の1階の『SAKAN LIBRARY』。常時100種類以上のサンプルを閲覧することができる>

–女性にしか出てこない発想ですね!

原田社長「しかし、従来の左官の壁を塗るという仕事より”表現”の部分で評価されていましたので、ベテランの男性職人からは『あれは左官じゃない』という意見もありました。マスコミにも注目されたこともあり、数名の女性職人が在籍していましたので、”原田左官レディース”という女性だけのチームを作って、彼女たちの長所を活かせるようにしたのです。彼女たちの色使いや立体的な表現が大きな話題となり、画一的ではなくオリジナリティ溢れるテキスチャを提案できるようになりました」

–待遇面で男女に差はなかったのでしょうか?

原田社長「技術レベルで差をつけることはあっても、性別で差をつけることは一切ありませんでした。”原田左官レディース”は10年間ほど活動して、男女の壁を段階的に取り払いました。どちらかと言うと、男性職人が女性の扱いに慣れてきた部分が大きいかもしれません。何十年も男だけの世界でやってきたので、どう接すればわからないというのが本音だったと思います(笑)」

–現在では、40名の社員のうち10名が女性。さらに職人をつづけながら、出産・育児を経験しているママさん職人も2名います。

原田社長「産休制度を設けており、休みもフレキシブルに取得できるようになっています。当社は年季が明けると日給月給制になるので(※詳細は後述)、育児期間は現場ではなく、事務所勤務かつ時短勤務で対応しました。職人は休みが少ないイメージがありますが、それはどうしても現場単位で仕事に対応する必要があるからです。その一方で休みもフレキシブルに取得することも可能です」

仕事の面白さを伝える新人教育とは

動画を使ったモデリング教育

建設業界では人手不足がつづいており、定着率の低さも問題になっています。原田左官工業所は、独自の人材育成システムを構築した2010年以降は、入社4年以内の離職率が5%以下を実現しています。建設業における担い手不足、人材育成の成功事例としても注目を集めている原田さん、育成・教育についてお伺いします。

–原田左官工業所では、新人教育に「モデリング」というプログラムを導入していますが、これはどういったものでしょうか?

原田社長「うちでは入社するとまず1カ月間、東京左官訓練所でトレーニングをします。まずは鏝(こて)を持たせて、繰り返し塗る練習をさせるのです」

–最初から”塗り”をさせるのですね。

原田社長「建設業界は『見て覚えろ』というカルチャーが根強く残っています。この考え方は正しいと思っていますが、いまの若者にはなかなか通用しない部分もあり、左官の面白さを知る前に脱落してしまうことも多いのです。また教える人によって、成長の度合いに差が出てしまうのも問題です」

–「モデリング」では、そういった欠点を解消できるのでしょうか?

原田社長「『モデリング』は、”左官の神様”と呼ばれる久住 章さんの塗り方を撮影した動画を観て、真似をしながらベニヤ板に塗ってもらいます。新人の塗り方も撮影しておき、動画を比較して教育係がフィードバックして指摘するのです。これを1カ月間繰り返すことで、見習い職人を一定の水準で現場に送り出すことができます。現代版の『見て覚えろ』の教育ですね。『モデリング』は、札幌市の中屋敷左官工業さんから取り入れたもので、モデリング育成はつきつめていけば、左官の競技大会で入賞するくらいのすごい職人を育成することも可能です。しかし、当社では新人育成にこの『モデリング』を取り入れています」

–なるほど。新人は、とりあえず現場に入って雑用をこなしていくといったイメージが強かったので驚きました。

原田社長「その教育方法はスタンダードではありますが、左官の面白さを知る前に辞めてしまうケースが多かったのです。せっかくやる気があって入ってきているので、1年間掃除ばかりやっていると掃除だけが上手くなってしまう。建設業界はずっと『あなた次第』でやってきました。それはそれで正しいんだけど、入り口までは連れて行く教育システムは絶対に必要だと思います」

職人へのスタートラインは盛大に!

一人前の職人となる年季明けの披露会

–原田左官工業所では、モデリング後に現場に入り、4年間で”年季が明ける”。いわゆる見習い期間が終わり、一人前の職人となるシステムを採用しています。

原田社長「『モデリング』研修が終わった後は、教育係の先輩社員について現場に出る期間になります。その後は、教育係から離れて様々な現場に行くようになり、その過程であらゆる仕事を覚えていきます。2年目からは、1人でも現場に行くようになります。3年目になると、現場リーダーを体験しもらいます。そして、4年間で2級の左官技能士を取得するように薦めており、他にも社内試験などを都度で設けています」

–目の前に目標があるとモチベーションを保つにも有効ですね。

原田社長「4年が経つと固定給から日給月給制に変わり、給料も高くなります。また会社が明確に”育てる”という強い意識を持つことで、若い人材も入りやすくなっていると思います」

–“年季明け”のセレモニーも他メディアに拝見しましたが、とても盛大です。

原田社長「職人業界の慣習として、年明け披露のお祝いが昔からありました。当社ではそれをセレモニーとして定例化しています。ホテルのホールを借り切って、社員はもちろん、本人のご家族や取引先などにご参加いただいて、毎年100人くらいの規模で行っています」

一人前の証であるフォトブック<年季が明けると会社からプレゼントされるフォトブック>

–見習いの職人にとって目指すべきステージであり、先輩社員も初心に取り戻すことができそうですね。

原田社長「新しい道具一式と本人の4年間の軌跡をまとめたフォトブックもプレゼントしています。本人にとっても、ご家族にとっても、我々にとっても4年間の変化が目に見えてわかりますので、とても感慨深いものになります。一生をかけて極めていく職人稼業だけに、節目節目にこういったものがあるだけで姿勢が変わっていくと思います」

これからの課題と展望

オリジナルテクスチャ
<原田左官工業所によるサンプル例>

–現在、経営面での課題はありますか?

原田社長「年季が明けた後、5〜10年とどのように当社でキャリアアップして働いてもらえるか、という点ですね。現在は、他の左官会社さんの見学に行くなど刺激を与えることを行っておりますが、試行錯誤をつづけている段階です」

–このたび、お話をお聞きして感じたのは、既成概念にとらわれない経営術です。例えば、日給月給制を採用されていますが、事務所でサンプル作りをしても、1つの現場に出勤したのと変わらない給料を得ることができます。

原田社長「それは当社が、店舗を主戦場とした左官であり、常に斬新なテクスチャやアーティスティックな表現を求められているという立場とも関係しています。店舗と言っても、レストランやカフェ、美容院、アパレルなど業種は多様です。お客様のニーズに沿ったサービスを提供するためには、オリジナルテクスチャの制作は欠かせません。ですから、常に事務所ではサンプルを制作する社員がいますし、非常に重要なビジネスの1面なのです。特に最近はモールテックス(MORTEX)と呼ばれる高い機能性とデザイン性、幅広いカラーリングを有する材料があります。より当社がオリジナリティある表現を発揮できるチャンスだと思っています」

–一般的な”左官”というイメージと異なり、アーティストの側面が強いですね。

原田社長「左官という伝統的な職業でも時代によってニーズは変化するので、変えない部分と変わらないといけない部分があります。そういった意味では、女性職人の活躍などのダイバーシティ経営や人材育成システムの構築がそうです。時代の流れに沿ってSNSやインターネット、動画などの活用して、魅力ある業界であることを発信していくことも重要だと思います」

-左官業だけではなく建設業界全体で、原田左官工業所の手法で改善できる点は山ほどあるように思えます。

原田社長「働き方改革が叫ばれていますが、結局は誰のための改革なのか?ということですよね。プレミアムフライデーがいい例ですが、実際の現場がわからない人が制度だけを作ってしまうと、誰も喜ばないものができてしまう。例えば、重層構造の建設現場だと、左官の仕事がスタートできるのが13時からなのに、朝礼は7:30だから絶対にその時間に到着しなくてはいけない。経営者としては、社員が時間拘束されるので費用を請求したいのですが、支払われることはありません。もうちょっとやりようがあるんじゃないかなって思います」

–建設業界の人手不足を解決するヒントになると思います。

原田社長「私は三代目ですが、以前は二代目、三代目という方が多くいらっしゃいました。それはやはり魅力ある職業だったからだと思います。今現在、『継ぎたくない』『継がせたくない』となっているのは、単純に魅力が足りないんですよね。答えはすぐに出ませんが、職人が輝ける環境をつくっていきたいと思っています」

原田宗亮さんの写真原田宗亮(はらだ むねあき)

 

1974年東京都生まれ。有限会社原田左官工業所の代表取締役。二級施工管理技士、左官基幹技能者。女性職人の登用や「モデリング」を活用した新人教育など革新的な取り組みが注目され、多くのメディアに出演し、著作、講演も多数。

 

 

有限会社原田左官工業所

【所在地】
〒113-0022東京都文京区千駄木4-21-1 ハラダビル
【電話番号】
03-3824-3533
【オフィシャルホームページ】
http://www.haradasakan.co.jp

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