労災の辛さを知って生まれた安全な現場への思い。御歳63歳、”安全教材制作会社”代表の挑戦

建設業に勤める人ならば、一度は安全教育教材を見たことがあるのではないでしょうか。DVDやビデオで見る映像には、安全な現場を作るための様々なノウハウが詰め込まれており、この映像のおかげで事故を免れた人も多いと思います。

これらの映像を制作しているのが、東京都墨田区にオフィスを構える株式会社プラネックス。創業の平成2年以降、労働災害防止用安全教育のDVDやビデオ、小冊子を多数手がけています。

建設会社の代表や職人さんなど、建設業に関わる様々な人にお話を伺ってきた連載「現場人」ですが、今回は株式会社プラネックスの代表、川内一毅さんに事業を始めるまでの経緯や、仕事に対する思いを伺いました。

商社マンから印刷会社を引き継ぎ、教材制作の道へ

錦糸町駅から徒歩5分。大きな道路に面したビルの5階に株式会社プラネックスのオフィスがあります。

同社の代表を勤める川内さんは総合商社に勤めた後、義父の印刷会社に勤務。その後に同社を立ち上げた異色の経歴の持ち主。お歳は今年63歳で、年下の私にも気さくに話をしてくれる気の優しい方でした。

川内さんが現在の仕事に携わり続ける背景には、商社でのビジネスの経験や、印刷工場で起きた労働災害、そして同社を立ち上げてから取材を行った労災被災者の女性との出会いがあったそうです。

若かりし頃商社に勤めていた川内さんは、実家で印刷会社を営む奥さんと結婚しました。商社勤めを続ける中、ある日川内さんは病気のお義父さんが入院している病室に呼ばれたそうです。

「お義父さんは自分の体のことをよく知っていたのでしょう。『君の商社には、君の代わりになる人間がいる。けれど私の会社には君に代わる存在はいないんだ』と言って、私を後継者にしたいと伝えてくれました」

川内さんは商社の仕事を続けたいと考えていましたが、お義父さんに説得される形で印刷会社を引き継ぎます。入社後に起きたことが、川内さんが現在の仕事に携わるきっかけになった印刷所での労働災害でした。

「お父さんの手を返してください」。印刷工場で起きた事故で、労災の辛さを知った

安全教育教材を作るきっかけを語る川内社長

「私が会社に入社してから2年後でしょうか、印刷工場で労働災害が起きました。印刷機の高速回転するローラーについたゴミを取ろうとして、男性従業員の手首から先を失ってしまったんです。当時私は幹部の一人でしたから、労災が起きた後は大変でしたね……。

従業員のご家族に謝りに行き『お父さんの手を返してください』と言われたこともショックでしたが、工場の中もその後はしばらく浮き足立っていました。一度労働事故が起きると、災害にあった人もずっと後遺症を抱えていかなければいけません。

労働災害の辛さを身にしみて感じたこの経験は、私が今の仕事をしている原点のひとつになったものでした」

はじめて労働災害を目の当たりにした川内さんはその後も印刷会社で働き続けましたが、会社の経営状態の悪化から数年後に印刷会社を解散します。この時、川内さんは37歳でした。

「会社を解散したその後は他の会社に再就職するかどうか迷いましたが、結局、自身の会社を立ち上げることに決めました。とはいえ印刷会社を解散した後でしたから、何を中心に事業をしていくのか数年間は定まらなかったんです。

しばらくは“流通界の神様”と呼ばれるコンサルタントの先生のもとでお手伝いをしながら、企業のコンサルタントなどを行い、その傍らで様々な会社の代表にお会いしてお話を聞いてもらっていました。

痛くない注射針を開発した“岡野工業”の代表とお話しした時にいただいた『世の中に会社は何十万社とある、その中で君の会社を応援したいと思ってもらえる魔法の言葉を考えなさい』という言葉は今でも覚えています。」

「魔法の言葉」とは、「私の会社はこんなことができる、その先にこんな世界を作りたい。」というストーリーやビジョンを一言で表す言葉だと川内さんは言います。
この言葉を聞いてからも、しばらく事業の方向性は決まりませんでしたが、ある時川内さんの身に、現在の事業につながる仕事が舞い込みます。

数々の先輩との出会いから生まれた現場の安全を作る事業

株式会社プラネット代表の川内一毅さん

「先ほど話したコンサルタントの先生から、大手コンビニチェーンの教育マニュアルを映像化しないかと提案があったんです。当時はコンビニが全国に各地に広がりつつありましたが、店によってサービスのレベルが異なっていました。

マニュアルは存在していたんですが、電話帳のような分厚さで誰も読みません。その点映像なら見やすいということで、サービスのレベルを底上げするためにマニュアルの映像化が求められていたんです。

私は映像制作の仕事はしたことはありませんが、映像制作の会社を探し、映像を制作しました。その仕事と岡野工業の代表から聞いた『魔法の言葉』がかみ合ったんです。

建築業界とコンビニは業界が違いますが、『看板を守りたい』というニーズはどちらも同じです。コンビニのフランチャイズはコンビニの看板を貸していますよね。住宅メーカーも地元の協力業者さんに施工してもらいますが、メーカーの看板を掲げて仕事をしています。

看板を掲げている以上、一度現場で労働災害が発生すれば建築主に多大な迷惑を掛け、その上近隣からは悪い噂が広がる、『〇〇の住宅メーカーは事故を起こしたらしい……あそこには頼んじゃダメ!』と看板に傷がついてしまいます。

ならばコンビニのマニュアルと同じく、安全な現場をつくるために映像を作ればいい。『仕事に向かった人を無事に自宅に戻す』という魔法の言葉も見つかりました」

当時、住宅建築向け安全衛生教育の映像を制作している企業はほとんどありませんでした。「現場の安全を守ることで、会社の看板を守りたい」と考えている企業は多いのではないか?川内さんはそう考えたのです。

川内さんの考えた通り、安全な現場を作りたいという企業は多く、建築業各社からの需要から、川内さんはいくつかの映像制作を手掛けます。しかし、当時の仕事を振り返った川内さんは「まだ使命感はなく、仕事としてこなしていた感覚が強かった」と言います。その感覚は、ある一本の映像を制作することで大きく変わったそうです。

一人の労災被災者との出会いで180度変わった”仕事への思い”

転機となった映像教材のタイトルは「歩きたい」。これは、脊髄を損傷して車椅子生活をしている元作業員の女性を取材したものでした。

墜落災害にあった女性のドキュメンタリー「歩きたい」

「その方は、旦那さんの経営する左官屋さんを手伝う職人さんで、当時33歳の女性でした。彼女は足場からの転落事故で脊髄を損傷、車椅子生活をしていました。

彼女は事故に遭う前、旅行やショッピングが好きな女性でしたが、事故の後はそれもできなくなっていました。彼女が取材中に悔しそうな顔で話した『あの時安全帯をしていれば……。もう一度歩きたい』という言葉は忘れられません。

この女性を取材したことと、印刷会社で従業員に起きた労働災害が重なり、仕事に対する姿勢は大きく変わりました」

川内さんは、「事故は一瞬で起き、関わった人の人生を奪ってしまう」と言います。安全衛生教育の映像が普及する前は、こうした事故の悲惨さは元請けのさらに一部の人しか知らず、下請けにはほぼ伝わっていなかったそうです。

「住宅メーカーがなぜ厳しく現場の安全を守ろうとするのかというと、被災者のその後を誰よりも知っているからです。元請けの安全担当者は大なり小なり労働災害の対応を経験しているんですよ。

被災者が亡くなった時には、その後のやりとりの中で労災被災者の家族から怒号が飛んできたり、悲しい顔をしているのを見なければいけない。そのやりとりは辛いものです。それを知っているからこそ、時には口うるさく現場の安全を守ろうとするんです。

私は先ほどの女性の取材を通して印刷所で起きた労働災害を思い出しました。事故の悲惨さを身に染みて感じたからこそ、労災を防止しなければいけない、そのために私は仕事をしているんだと使命感を抱くようになったんです」

御歳63歳の夢は、ロボットを使った安全な現場作り

ロボットpepperに未来を感じる川内さん

ご自身の数々の経験を通して仕事への使命感を抱いた川内さんは、今日も現場の事故を減らし、現場で働く人の環境を整えるため、仕事に勤しんでいます。

安全衛生教育教材を制作する一方で、定年退職した住宅メーカーのOBを講師に招き、安全衛生の技術を継承する「労働局長登録教習機関住建センター」を併設し、近年では現場の安全衛生作りに役立つタブレット用アプリを開発するほか、教育教材を搭載したロボット開発も進めているそうです。

「元請けは1次、2次、場合によっては3次協力業者まで、安全衛生の教育情報を伝え指導しなければ安全配慮を履行した事にはなりません。DVDや小冊子で教育しても、隅々まで行き渡らせるのは大変難しいものです。私は、今日も現場で危険に身をさらしている人達に無事に家に帰って欲しい。そこで、広範囲な情報共有が図れるタブレット用アプリを利用することを考えました。これなら、より多くの人に届きやすいはずなんです

世の中の進歩を振り返ると情報は言って聞かせることが手段の中心でした。その後印刷技術が生まれて、ラジオが生まれ、スライド、ビデオ、DVD、インターネットと情報は伝達の範囲を広げ、スピードを加速させていきました。私がアプリやロボットに注目しているのも、端末さえあれば安全衛生の情報をより多くの人に伝えることができるからです

川内さんは27年間会社を続けましたが、まだまだその先を見据えているようです。同社のオフィスにあるソフトバンクのpepperはロボットを活用した安全衛生教材の研究開発のために購入したものだそうで、地方独立行政法人の東京都立産業技術研究センターとの共同プロジェクトも進んでいます。

川内さんが事業を始めた当初は、住宅の安全教育を手がける人も少なく、無から有を生むような状態だったと言います。今回お話を聞く最中に見る川内さんの目は、63歳にしてまっすぐと建築業界の未来と、安全な現場作りを見据えているように感じました。

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