日本式建築の海外技能者育成に挑む! in ミャンマー〜ものつくり大学 三原 斉教授の挑戦〜

2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けて、建設業界では国内での人材確保はもちろんですが、緊急対策として即戦力となりうる外国人雇用促進をすすめています。

実際にどれくらいの戦力になりうるのか?

日本式の建築技能は世界でも高く評価されています。人手が足りないからといって受け入れても効果が薄いでのはないか?という疑問を多くの人が抱くのは自然なことでしょう。

ものつくり大学 技能工学部 建設学科の三原 斉(みはら ひとし)教授は、国際協力機構(JICA)が政府開発援助(ODA)として実施する「ミャンマー国建築技能訓練校設立及び技能認証制度の普及・実証事業」のカリキュラムの作成、運営を担当している。

ミャンマーの建設業界の現状から外国人労働者の可能性を紐解きます。

ミャンマーでの育成プロジェクトとは?

ミャンマー・ヤンゴン市の風景

–ミャンマーでの事業はどのような経緯でスタートしたのでしょうか?

三原斉さん(以下、敬称略)「ミャンマー政府から日本式の建築技能者を育成したいという依頼がJICAにあり、株式会社KNDコーポレーションとものつくり大学が協力してプロポーザル方式で受託したプロジェクトになります。2016年12月から2019年7月までの期間で、5期にわけて育成していきます」

–現在は、ちょうど3期が始まる直前です。1期では技術者を育成されました。

三原「ヤンゴン市にあるミャンマー国建築技能訓練校であるスキルズトレーニングセンター(以下STC)に、日本式の技能者育成コースを創設しました。ところが、急遽ミャンマー政府から日本式で技術者も育成したいと要請があったのです。2016年の年末に要請があって、2017年の1月には始めたいと(笑)」

–とんでもない無茶振りですね(笑)

三原「ミャンマーでは現場監督が圧倒的に足りていないんです。日本の大手ゼネコンにすぐにお願いをしまして、カリキュラムを作成しました。教科書もオリジナルです。日本語で作った後に、ミャンマー語に翻訳。2カ月の教育期間で行ったのですが、すごく評判が良かった」

–ゼネコンが瞬発力を発揮してくれたのは大きいですね。

三原「協力してくれたゼネコンも技術を包み隠さずに教えてくれたので、ミャンマーの建設省も驚いていましたね。でも日本のゼネコンにもメリットがあるのです。日本のゼネコン、サブコンがミャンマーで仕事をする際に、日本式を学んだ現地技術者がいると非常に頼もしいですから」

文化の違いに悪戦苦闘の連続

ミャンマーと日本の文化の違い
-受講した訓練生は、どのような人たちですか?

三原「ミャンマーのゼネコンやサブコンに所属している人たちが中心です。彼らが会社に戻って、日本式の技術を広めていく先導役ですね」

–文化の違いなどで戸惑うことはなかったですか?

三原「まずビックリしたのは朝礼がなかったこと。みんなが集まると、それぞれ勝手に働き始めるんです。工期を守る、なんて意識もないんです。3〜4社、しっかりしている会社もあったのですが、本当に驚きましたね。なので、徹底的に安全教育をしました。朝礼のやり方から安全施工サイクル、パトロールのやり方、KY活動を徹底的にです」

–朝礼がないというのは信じられません。

三原「しかも、ヘルメットはかぶらないし、裸で裸足で現場に来るんですよ。ましてや、安全靴なんて履いたことはないんですよね。靴下を履かないで、そのまま安全靴を履くんですが、ミャンマーは湿気がすごい。安全靴を脱ぐと臭いがすごかったんですよね(笑)」

–現地に行かないとわからないことばかりですね……。

三原「英語版のラジオ体操も導入して、毎日やってもらいました。完全に日本式のやり方です。基本的な知識と技術は身につけているので、ミャンマー政府も絶賛してくれて『技術者の育成をつづけてくれ』と言われたのですが、元々JICAからは“技能者育成”で予算が出ている。『技能者を育成させてくれ!』って頼み込んで、ようやく2期から技能者育成ができるようになりました。でも、技能者育成は、技術者育成よりはるかにハードでしたね」

技能者育成コースの訓練生は寺院に泊まりながら学ぶ

ミャンマーでの育成事情

–技能者コースはいかがでしたでしょうか?

三原「2017年5月から『技能訓練コース』がスタートしました。『RC型枠・鉄筋』『左官・レンガ』『木造建築』の3コースで、各42名。技術者と異なり、技能者はミャンマー全土から訓練生が集まってきたので、非常に面白かったですね」

–訓練生のどのように募集をかけたのですか?

三原「公募ですね。ミャンマーでは17歳から社会人になります。できれば、現場経験者、もしくは学校で建築を習っている人が希望でしたが、そういう人はほとんどいませんでしたね(笑)。面接をしたのですが、田舎の人だと“なまり”が強すぎて、通訳が理解できないなんてこともありました」

–技術者コースと同様に、カルチャーの違いも大きかったんですね。

三原「ミャンマーは大きく8つの部族に分かれています。それぞれ特長があり、中国国境に近い部族は挑発的で問題を起こしたり、南のラカイン州にいくと、ロヒンギャ族がいる。それがみんなヤンゴンに集まってきたので、大変でしたね」

–想像以上に多様な人材が集まってきたのも、日本式の建築技術を学びたいという意思を持った人が多かったということですね。

三原「本当にその通りですね。しかし、彼らはヤンゴンに集まってきたのはいいですが、なにせ金がない」

–えっ!?食事や宿泊はどうしたのですか?

三原「『寺院に泊まるから大丈夫だ』と言うんです。我々も初めて知ったことなのですが、ミャンマーは敬虔な仏教国なので、寺院は誰でも受け入れて食事付きで宿泊させてくれるのです」

–日本の仏教とは随分違いますね(笑)

三原「宿と食事の心配をすることがなくなったので安心しました。4カ月で、それぞれのコースで基礎をしっかりと叩き込みました。各講師陣も驚いていましたが、本当に真面目で飲み込みが早い。講師陣はみんな『日本に連れて帰りたい!』って言っていました」

修了生の受け入れ先が今後の課題

修了生の受け入れ先が海外技能者育成の課題
–4カ月のコースを修了するのに卒業試験などはあるのでしょうか?

三原「日本式の技能試験を行って、合格すると修了証を渡しています。このコースの修了証は、通常の技能コースを卒業した人よりも2〜3ランク上の資格になります。一方でやはり落ちる訓練生もいました。しかし、落第した訓練生の多くは出席日数が足りないという理由がほとんどです。もちろん全員が全員受かるわけではなく、難しくてついていけないという人もいる。その方が健全です」

–満足の行く教育ができたということですね。

三原「ミャンマーの人は本当に熱心だったから講師陣も力が入りました。一度、試しに日本のゼネコンの現場に2〜3人を派遣してみたのです。すると、指示をしたことは概ねできるが、現場の経験が足りないから手間もかかるという評価でした。やはり日本が求めているレベルは高い。今後は、もっと細かい作業のレベルアップをしていきたいですね」

–修了生の受け入れ先、雇用先はいかがでしたか?

三原「それが現状の課題です。地元の専門工事業や所属していた会社に戻ったりするのが多かったのですが、まだ就職できていない人もいるんです」

–原因は何でしょうか?

三原「彼は『俺らは日本式を学んだんだ!』という自負が強いんです。安い給料じゃ働けないと思っている。自分の希望の待遇を叶えてくれる会社を探しているんですが、なかなか見つからない。そこから、ミャンマーでは高給な技能者はあまり必要とされていないってことが少しずつわかってきたんです」

–技能者は特別な技術や知識は必要ないってことでしょうか?

三原「そうなんです。その背景に、そもそも建築物に高いクオリティを求めていないんですよね。究極の話、建物が建っていればいいって感覚なんです(笑)」

修了生が活躍できる土壌を作るために

ものつくり大学の三原教授

–日本で働いてもらうということは難しいのでしょうか?

三原「ビザの関係で難しいというのがひとつ。STCの校長が卒業してから半年間は日本に行ってはならないというルールを作っているのがひとつ。そして、そもそも日本式の技能者育成の目的は、ミャンマーの建設業にとってのプロジェクトであり、日本に優秀な人材を派遣するものではないってことです」

–送出し機関はどうなっているのでしょうか?

三原「ヤンゴンに大きい送出し機関が3〜4つあり、そのひとつがSTCです。校長とエージェントがいて、毎週タイやシンガポールに行こうとする訓練生で溢れています」

–やはり海外に向かう技能者も多い。

三原「そちらの方が、給料が高いんです。だから、彼らは本当は日本に行きたい。でも、現実的には厳しい。ですので、我々はいま現地の日系企業のサブコンに雇用してもらえるように働きかけてをしています。」

–ミャンマー政府からしてもせっかく育てた人材が海外に流出するのは残念ですよね。

三原「その通りですね。まだミャンマーにも技能者と技術者の構造があって、上級職長(登録基幹技能者)のことをスーパーバイザーと言います。そして、施工管理士のことをサイトエンジニアと言います。日本のキャリアパスのように、ミャンマーの技能者をサイトエンジニアにまで上げたいと思っているんです」

–自身のキャリアや目標が明確に見えると、海外への流出が防げるかもしれませんね。

三原「手応えを感じていますし、これからの課題も見えてきました。まだ2期が終わったばかりで、5期までつづきますので、少しずつ環境を整備していきたいと思います!」

 

現在、3期がスタートしているミャンマーでの事業。知識や技術はまだまだですが、必死で学ぼうとする訓練生の姿に大きな可能性を感じていると、三原教授は語ります。

日本の建設業界では、慢性的な人手不足がつづいており、外国人労働者の受け入れを拡大している状況です。日本全体の高齢化社会と労働人口減少も相まって、将来的には外国人材の受け入れは必須と言えるでしょう。

まだミャンマー人技能者の受け入れ体制は確立されていませんが、日本式の建築技術と知識を身に着けた彼らが日本で働いてくれるとなると大きな助けとなるでしょう。

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